前回、当館所蔵の東寺百合文書が元々所蔵されていた東寺を巡るコースを紹介しました。(荘園フィールドワークのすすめ①)
2つ目のプランを紹介する前に、見ていただきたい古文書があります。
この史料は明応5(1496)年頃、桂川の水の利用を巡って相論(裁判)がおき、その時に提出された絵図です。桂川周辺の様子が描かれているのですが、絵図の中に何か文字が書かれた〇がいっぱいありますね。この〇は荘園や郷の名前が書かれているのですが、実は現在でもこの荘園や郷の名前が地名として残っています!
そこで、今回はこの絵図に描かれた〇(荘園・郷)を中心に桂川流域にあった荘園・郷をめぐる桂川コースを2ルート提案したいと思います!
コース② 桂川コース
●桂川ルート(緑吹き出し)
1.下桂荘→2.桂橋→3.牛ヶ瀬→4.上久世荘
■五ヵ郷全部回るぞ!ルート(緑+紫吹き出し)
1.下桂荘→2.桂橋→3.牛ヶ瀬→4.上久世荘→5.下久世荘→6.大藪→7.築山
●桂川ルート
1.下桂荘→2.桂橋→3.牛ヶ瀬→4.上久世荘
スタートは阪急桂駅です。桂駅東口をでて桂大橋を目指し、東に向かうと桂川街道にでます。この交差点が最初の目的地、下桂荘です!
現在、下桂荘は地名としては残っていませんが交差点の看板やバス停などで見つけることが出来ます。
交差点を通り抜けて桂川に向けて東に進むと桂橋に着きます。
②桂橋
橋の欄干に「桂橋(かつらはし)」とかいてあります。
実はこの絵図の橋と現在の橋では架かっている場所が違っており、現在の桂橋より少し北側に架かっている阪急京都線の鉄橋(赤↓)が絵図に描かれている橋と同じ位置だそうです!
③牛瀬(牛ヶ瀬)
牛瀬(牛ヶ瀬)は現在も京都市西京区牛ケ瀬○○町というような地名で残っています。
さらに南に進むと上久世荘につきます。
④上久世荘
上久世荘は現在の京都市南区久世川原町・久世上久世町・久世高田町に所在していました。「上久世」という表記は町名として残っているほか、交差点の看板や橋の名前などで見つけることができ、今回のゴールのJR桂川駅も上久世荘にあたります。
また、上久世庄には521年に創建された綾戸國中神社(あやとくなかじんじゃ)(赤★)もあるので散策の際はぜひ立ち寄ってみてください♪
桂川コースの紹介は以上です。
次、五ヵ郷全部回るぞ!ルートを紹介したいと思います!
■五ヵ郷全部回るぞ!ルート
1.下桂荘→2.桂橋→3.牛ヶ瀬→4.上久世荘→5.下久世荘→6.大藪→7.築山
五ヵ郷コースっていうけど、そもそも五ヵ郷ってなに?って思われますよね。冒頭で説明した通り、この絵図は裁判の時に提出された絵図なのですが、この絵図が描かれる以前から桂川の水の利用をめぐって、川の東側の石清水八幡宮領の西八条西荘と西側の西岡五ヵ郷(上久世・下久世・大藪・牛瀬・築山)との間で争いがあり、相論(裁判)をしていました。
※裁判の詳細については↓のおはなしをご覧ください。
今回紹介する五ヵ郷は、裁判で西八条西荘と争っていた西岡五ヵ郷(上久世・下久世・大藪・牛瀬・築山)のことで、郷の名前は現在も地名や看板などで残っています。
先ほどのルートだけじゃ物足りない!もっと散策したい!という方におススメのルートです♪
■五ヵ郷全部回るぞ!ルート
1.下桂荘→2.桂橋→3.牛ヶ瀬→4.上久世荘→5.下久世荘→6.大藪→7.築山
①~④までは桂川ルート(緑吹き出しの番号)と同じです。
④の上久世荘から桂川街道を南に進むと⑤下久世荘につきます。
⑤下久世荘
下久世荘は現在の京都市南区久世中久世町・久世中久町・久世殿城町に所在していました。地名としては残っていませんがバス停で見つけることが出来ます。
久世殿城町の交差点を東に進むと大藪につきます。
⑥大藪
大藪は現在の京都市南区久世大藪町に所在していました。地名も残っています。
大藪からさらに東に向かうと築山につきます。
⑦築山
築山は現在の京都市南区久世築山町に所在していました。地名も残っています。
五ヵ郷全部回るぞ!ルートの紹介は以上です。
次回、おまけルートを紹介したいと思います!
(伊藤実矩:資料課)