私たちは子供の頃から「ん」は平仮名として認識していました。ですが、古い時代の日本では漢字仮名交じり文は公式の場では使わない日本語表記だったんです。そのため、平安時代前半に平仮名が成立しても600文字くらいの仮名が使われていました。
しかし、そこには「ん」という文字はあっても、今のような発音はしていませんでした。時代は仮名が発明された時代よりも下がり、室町時代の「東寺百合文書」の中に「たまかき書状」という文書があります。
ここには、「にんき」「しゅんけ」と書いて「にっき(日記)」「しゅっけ(出家)」を意味する言葉で出てきます。
あくまで、私的な書状(手紙)の中ですが、詰まって発音する促音便の場所を示す記号として「ん」が使われていることがわかります。そうすると、「ん」は音便を表わすところに使用されていますので、今私たちが「ん」と読んでいる文字は、もう一つの撥音便の記号として使われたのかもしれませんね。
ただ、『高野切』や『枡色紙』などの平安時代の仮名の古筆では、和歌の終わりに良く出てくる「~かも」などの「も」に、「ん」の字を当てている例が数多くあります。また、鎌倉時代以降の例では、「ん」を「む」と読むべきところに出てきます(下の文書など)。「ん」を仮名文字の「も」や「む」と読ませている例も多く存在しています。
これらの例から考えると、現在の「ん」は、撥音便を表わす記号の可能性と、「む」と発音すべき文字のところを、撥音便になるべきか所に「ん」を用いたかのどちらかということになるでしょう。どちらが正しいと言うことでもなく、ひょっとしたら、両方が融合して今の「ん」になっていたことも考えられます。「ん」一つでこんなことも考えられますので、中世の日本語を探る上でも重要な資料になっていますので、興味のある方はこのWEBで全点公開していますので、是非いろいろお読みください。
(土橋 誠:歴史資料課)