特別な名前の由来

再読!91歳上島有(うえじまたもつ)さんの東寺百合秘話 (1),「京都新聞」2015年11月28日付28面記事を転載

東寺百合文書が10月にユネスコ記憶遺産として登録されました。我が国のまとまった古文書としては初めてで喜ばしいかぎりです。

私が大学に入って東寺百合文書の名前を見て、「とうじゆりもんじょ」と読み、何とロマンチックな文書もあるものだと思ったことを覚えています。しかし、これは「ひゃくごうもんじょ」です。

我が国の古文書は、ふつう東大寺文書、醍醐寺文書、あるいは伏見宮家文書、九条家文書など所蔵者の名を冠して呼びます。しかし、百合文書に限って「百合」と呼ばれています。それは、この文書が5代目加賀藩主松雲公前田綱紀が寄進した百の「被蓋(かぶせぶた)」の桐箱に納められたからで、箱を「一合」「二合」と数えるため、百合文書の名で呼ばれるようになりました。

松雲公は、江戸時代の大名のうちで最高の好学の士と称せられ、特に古今の書物に造詣が深かったといわれています。自らも古文書、典籍の収集に努め、新井白石が「加州(加賀国)は天下の書府なり」と言ったのは有名です。松雲公は、東寺に多数の古文書があることを聞き、一部を金沢に借りだして書写させました。それが終わった機会に百の桐箱を寄進して、文書を長く後世に伝えることにしました。

この箱は、おそらく事前の綿密な調査に基づいて作製されたのでしょう。京都府立総合資料館で百合文書を整理していたころ、毎日箱のまま収蔵庫から出してきましたが、よくもこれほど百合文書にぴったりの箱ができたと感心していました。

この箱が加賀藩邸から東寺に運びこまれた貞享2(1685)年10月16日の記録が残っています。これによると、寄進が盛大に正式行事として執り行われたことが分かります。単に文書を収めるために箱を用意したのではなく、その門出の式典から素晴らしかったのが百合文書です。その文書は東寺最高の宝庫たる「宝蔵」で大切に保存されて、ほとんど中世の姿のままで最近に至っています。

写真は、京都府立総合資料館の収蔵庫の中にある箱の収蔵状態です。重厚な「百合」の箱が整然と並んでいるさまは、まさに壮観そのものといえます。百合文書は1967年に京都府に譲渡され、府立総合資料館で本格的な調査と整理が始まりました。これが百合文書の歴史の中で唯一最大の悉皆調査です。ここでは「原形保存」を課題として、中世の姿で伝えられた百合文書をそのまま保存することに努めました。

この調査・整理は足掛け13年かかりました。79年には「東寺百合文書目録」(全5冊)を刊行して整理事業は完了し、翌年に府民、学界から強く要望されていた全面公開に踏み切りました。同年に重要文化財に指定され、さらに97年には、国宝に指定されました。

デジタル化も進み、昨年には約2万点、3万通の画像がインターネットで公開され、今年、ユネスコ記憶遺産として登録されました。20世紀までの単に我が国のすぐれた歴史叙述の史料であるだけではなく、21世紀にふさわしい人類共有のかけがえないアーカイブズ資料として認められたことになります。

(上島有:京都府立総合資料館元古文書課長・摂南大学名誉教授)


東寺百合文書から 足利義満自筆仏舎利奉請状 「原本が示す国王の誇り」

き函37号 足利義満自筆仏舎利奉請状
き函37号「足利義満自筆仏舎利奉請状」応永13(1406)年9月10日

「仏舎利(ぶっしゃり)」は釈迦の遺骨で、「愚老」は室町幕府の将軍足利義満を指します。私が京都府立総合資料館で東寺百合文書の整理を始めて4、5年たったころ、この文書の原本から大事なことに気づきました。室町時代の公文書よりも紙がかなり大きかったのです。紙質も光沢があり、しなやかで素晴らしい。字にかすりがなく、墨も上質です。

大変な文書だと調べると、応永13(1406)年9月10日に義満が東寺で仏舎利を開けた記録がありました。本来は勅封で勅使が開け、封をするのですが、それを義満自身がやり、受け取りの奉請状を書きました。文書と合わせて材料がそろい、義満の自筆と分かった。これを機会に私は整理に自信が持てるようになった。記念すべき文書です。

この奉請状のサイズは、明の皇帝から義満にあてた国書よりもさらに大きい。おそらく義満は日本国王としての威厳を示したと推測します。自分を「愚老」としていますが、左下がりに臣下の名前を書いたのはやはり自分が頂点だと示したのです。まさに日本国王の紙なのです。

この文書も活字にしてしまうと読み取る情報は少ない。これまでの学問は文字だけで矮小化された情報を追ってきました。デジタル画像で拡大すると紙質まで分かり、これだけの情報が詰まっている。元の文書からは何が出てくるか分からないから原本のまま保存し、文書全体を見ることが大事なのです。これこそアーカイブズ学です。

(聞き手・仲屋聡:京都新聞記者)